好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
***


 それ以降も、アリスは決して諦めなかった。
 事あるごとにレヴィを呼び止め、必死にその想いを伝えようとする。

 レヴィはその度に淡々と受け流し、彼女に応えることはなかった。
 そのかわりにアリスの結婚をいかに楽しみにしているかを説き、彼女を深く傷つける。


(お嬢様、私のことなどどうか早くお忘れください)


 本当はレヴィだってアリスのことを傷つけたくはない。悲しんでいる顔を見たいはずもない。

 アリスにはいつだって笑っていてほしいし、喜んでいてほしい。
 どんなささやかな願いでも叶ってほしいし、可能ならばレヴィ自身が叶えてやりたい。


 だからこそ、アリスにはレヴィを諦めてもらわねばならない。

 アリスの幸せは、未来はレヴィとは相容れないのだと理解し、受け入れ、新しい幸せをその手で掴み取ってほしい。

 そのためには、レヴィを忘れてもらう必要がある。
 嫌われる必要がある。
 だから、レヴィは心を鬼にして、アリスの望みとは真逆の自分を演じる。


 アリスの結婚を心から望み、喜び、活き活きとその準備を進めていく。
 アリスの想いをなかったことにする――――自分の想いを存在しないことにする。

 それらはレヴィにとって、死に等しいほど苦しいことだった。


 人はみな、好きな人に好かれたい生き物だ。
 自ら嫌われに行くような馬鹿は何処にもいない。


 それでも、アリスのためだからと言い聞かせ、心に血を流しながら、レヴィは必死で自分を騙し続ける。


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