好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「――――申し訳ございません、旦那様。私はこれから、お嬢様の心を深く傷つけることになると思います」


 この数カ月間、どうしたら良いかをずっとずっと考えてきた。
 傷ついても傷ついても、アリスは真っ直ぐにレヴィに向かってくる。

 レヴィが自身を想っているという自信のあらわれだろうか? はたまた、彼女自身の強すぎる想いがそうさせるのだろうか? その両方だろうか?

 いずれにせよ、このままで良いはずがない。
 結婚は家同士の問題だ。伯爵家の面々はもちろん、ここで雇われている使用人たちの運命だって変わりうる。

 何より大切なのはアリス自身の幸せだが、執事として働いている以上、レヴィはそういったことにまで思いを馳せなければならない。


「君がアリスを何より大事に想ってくれていることは分かっているよ。本当に、心から感謝している」

「旦那様……」

「アリスが傷つき、たとえ君への想いを忘れてしまったとしても、レヴィの本心は私が必ず覚えていよう。やがて時が経てば、あの子に真実を伝えられる日も来るだろう」

「……そうですね。いつか、そんな日がくれば良いと……心から願っています」


 これからレヴィには死ぬよりも悲しい未来が待ち受けている。

 アリスは間違いなくレヴィのことを嫌うだろう。
 もう二度と、微笑みかけてくれないかもしれない。

 そうと分かっていても、やらねばならない。
 それがアリスの幸せにつながると、そう信じて。


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