好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「私は貴女を愛しています。貴女は私の全てなんです」


 これが本当にアリスだったら、どれだけ良かっただろう? 
 何度も何度もキスをして、アリスが嬉しそうに微笑むのを見て。レヴィはびっくりするぐらい幸せだったに違いない。

 心と身体を焼き尽くすほどの激情を、二人で分け合い絡めあい、それから大事に育てていく。そんなふうに生きられたらどれだけ良かっただろう。

 レヴィは侍女の顎を掬い、口づけているふりをする。

 彼にはどうしても、アリス以外の女性に触れることができなかった。
 どれだけ美しい女性に誘惑されても、お見合い相手を紹介されようとも、レヴィの全てはアリスのものだ。アリスだけのものだ。彼女以外に明け渡せるわけがない。

 嗚咽が漏れる。涙がポタポタと零れ落ちる。
 侍女はレヴィの涙を拭いつつ、気の毒そうに顔を歪めた。


「レヴィの馬鹿」


 風に乗り、微かに声が聞こえてくる。アリスの声だ。
 やがて、窓が閉まる音がし、辺りが静寂に包まれる。


「ご協力、ありがとうございました」


 レヴィが言う。彼の声は掠れていて、あまりにも切なげに響いた。
 侍女は静かにため息を吐き、それからクルリと踵を返す。


「レヴィさんも、姉さんも、どうしてこんなに不器用にしか生きられないんだろう? ……身分の差なんて消えて無くなってしまえば良いのに」


 ポツリと響いたつぶやきは、誰にも拾われることなく、闇夜にそっと消えていった。 
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