好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 ひとしきり別れの挨拶を済ませたらしく、アリスの周りの人だかりは一回り小さくなっていた。
 白いワンピースに身を包んだアリスは、いつにもまして清楚で美しく、あまりにも可憐だ。今にも消えてしまいそうなほどに儚く、驚くほどに尊い。


(アリスお嬢様……)


 せめて『ありがとう』と伝えることはできないだろうか。幸せになってほしいことも。アリスは嫌な顔をするかもしれないが、それでも――――。


「レヴィ!」


 そのとき、アリスがレヴィの名前を呼んだ。

 二人が言葉を交わさなくなって随分経つ。それなのに、アリスは昔と同じように、レヴィに向かって微笑んでいる。レヴィの瞳から涙が零れ落ちた。


「お父様……」


 アリスの言葉に、伯爵はためらいながらも頷き、自身を含めた屋敷のみなをその場からすぐに遠ざける。

 残されたのはアリスとレヴィの二人きり。レヴィは驚きに目を見開いた。


「お嬢様……これは一体」

「以前からお父様にお願いをしていたの。最後にレヴィと二人きりにしてほしいって。そしたらちゃんと、侯爵家に嫁ぐからって」


 アリスはそう言ってレヴィと間近で向かい合う。それから今の彼女にできる最大限の笑顔を浮かべた。


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