好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「あのねレヴィ。私、貴方のことが好きだよ」


 アリスが言う。

 本当は今すぐ抱きしめたい。
 口づけたい。
 このまま二人でどこかへ行けたら――――。

 本当はどちらもそう願っているのだろう。

 けれど、二人はお嬢様と使用人の距離を保ったまま、互いを真っ直ぐに見つめ合った。


「好き。好きなの。嫌いになんてなれっこない。
貴方が私に嫌われようとする度に、『好きだ』、『大切だ』って言われている気がして、切ない気持ちになったの。嬉しくて、悲しくて、たまらなかった。
ねえ、あの日――――侍女と抱き合っていた夜、貴方がした告白は、私に向けたものでしょう?」


 尋ねつつ、アリスの言葉は確信に満ちている。レヴィは頷くことも、首を横に振ることもできぬまま、とめどなく流れる涙を拭った。


「私、頑張るよ。ちゃんと新しい場所で幸せになれるように努力する。ちゃんと結婚相手と向き合うし、好きになろうと思ってる。
だって、それがレヴィの望みだもん。大好きな人の願いだもん。好きな人の願いは叶えたいと思うものでしょ?」

「お嬢様……」

「だけどね、私の心のなかにはいつまでもレヴィが居る。ずっとずっとレヴィを想い続ける――――良いよね? そのぐらいは許してくれるでしょう?」


 アリスはそう言ってレヴィに真っ白なハンカチを差し出す。繊細に施された銀糸の刺繍は、彼女自身が刺したものだろう。忙しい日々の中、わざわざレヴィのために用意をしてくれた――――そう思うと、愛しさがこみ上げてくる。


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