好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
***



「ようやく帰ってきたのか、世間知らずなお嬢様」


 それは聞いているだけで心が凍てつくような声音だった。
 アリスは静かに頭を下げ、何も返事をせずにいる。下手に返答すれば、侯爵がさらに難癖をつけるからだろう。しかし、返事をしないこともまた焦れる要素らしく、彼はフンと鼻を鳴らした。


「本当にふてぶてしい女だな。君みたいな女と形だけでも結婚をしなければならない僕の身にもなってほしいものだ。おまけに愛情まで求められるとは……」

「そんなもの、無用の長物ですわ」

「はぁ?」


 侯爵は馬鹿にしたように笑いながら、アリスの顔を覗き込む。クックッと喉を鳴らしつつ、彼は愉悦に満ちた表情を浮かべた。


「おいおい、無理をするな。あんなにもしおらしく打ちひしがれていたくせに、急にどうしたんだ? 君はみっともなく、僕からの愛情を求めていたらそれで良い。そんなもの、一生手には入らないが――――」

「要りません、と申し上げましたわ。だって私、本当は最初から、貴方の愛なんて欲していなかったんですもの」


 あまりにも思いもよらない返答だったのだろう。侯爵は大いに動揺し、眉間にシワを寄せている。
 アリスはそっと瞳を細めた。


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