好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「メアリー、そんなことしてないでさ、俺の部屋においでよ。さっきチューターから算術を教わったんだ。いつもみたいに教えてやるから……」


 その瞬間、メアリーはゆっくり深々と頭を下げる。ジェラルドはショックのあまり、大きく瞳を見開いた。


「おまっ、何して……」

「坊ちゃまにおかれましてはご機嫌麗しゅう」

「はぁ? なんだよその呼び方。それに、その口調! まるで侍女みたいじゃないか。止めろよ、そういうの。似合わないし、それに……」

「だってわたし、侍女だもの! 侍女の娘だもの!」


 やはり、昨日の今日で自分を完全に変えることは難しい。いとも簡単にメッキが剥がれてしまった。
 メアリーは憤慨しつつ、ムッと唇を尖らせた。


「わたし言われたんだもん。これまでがおかしかっただけなんだって。
わたしは坊ちゃまの姉妹じゃないし、貴族の娘でもない。ただの使用人の娘なんだから、坊ちゃまと仲良くしちゃいけないんだってさ」


 言いながら、メアリーは段々悲しくなっていく。

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