好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「何躊躇ってるんだよ? 食えよ。父上もそう言ってるだろう?」

「……ダメです。こんな高価なもの、いただけません」


 言いながら、罪悪感の波が押し寄せてくる。無知とは本当に恐ろしい。メアリーは目頭がグッと熱くなった。


「メアリー、これは君のために用意したものだから、食べなきゃダメだよ」


 伯爵が優しい口調でメアリーに言い聞かせる。


「でも……」

「いいかい、メアリー。求められる礼儀というのはそのときどきで変わるものだ。丁寧な言葉遣い、応対をすることだけが礼儀じゃないんだよ」

「そうなのですか?」

「ああ。今、この場で求められる礼儀は、私の厚意を受け取ること。美味しく食べてもらえると、とても嬉しいよ」


 穏やかで優しい笑顔に、メアリーの瞳から涙が溢れる。


「ありがとうございます、旦那様」


 メアリーは恐る恐る茶菓子を口に運び、そのあまりの美味しさに満面の笑みを浮かべる。そんな様子を見ながら、伯爵はとても満足気に笑った。


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