好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 けれど、ジェラルドが王都に移り住んで数カ月後のこと、メアリーの日常が一変する。
 母親が風邪をこじらせた末、亡くなってしまったのだ。


 唯一の肉親を亡くしたことは、メアリーの心に大きな影を落とした。

 自分はこの世に一人きり――――これから先何が起ころうと、誰も頼ることができない――――そんなふうに感じられてしまう。


(わたし、このまま伯爵家でお世話になっていて良いのかな?)


 母親が居たからこそ、メアリーはこの屋敷で何不自由なく暮らすことができた。
 雇用契約を結んでもらえたことだってそう。メアリー自身の力ではない。全ては母親がジェラルドの乳母を務めたおかげだ。

 それに、母親が亡くなったことで伯爵に大きな迷惑をかけてしまった。申し訳無さのあまり、メアリーは息苦しくなってしまう。

 これまで自分を支えてくれていた土台がグラリと崩れ落ち、急激に心もとなくなっていく。それはまるで底なし沼に飲み込まれていくような心地だった。


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