好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「ありがとう、ジェラルド。もう大丈夫だよ」


 胸を押し返そうとして、拒まれる。メアリーは先ほどよりも強く、ジェラルドに抱き締められていた。


「ジェラルド、あの……」

「せっかくだし、もう少しこうさせてよ。前にも言っただろう? お前のこと、抱き締めたいって」

「あ……」


 ジェラルドを王都へ送り出したときの記憶がありありと蘇る。メアリーの全身がカッと熱を帯びた。


「だけど……」

「――――俺にこうされるの、嫌?」


 耳元で響く掠れた声音。メアリーはゴクリと唾を飲み、小さく首を横に振った。


「嫌じゃない……けど、ダメだと思う」

「ダメ? なんで?」


 相変わらず、ジェラルドの声音はどこか普段と違っている。甘えるような、縋るような――――それでいて、メアリーから何かを引きずり出そうとしているような、そんな印象を受けてしまう。


「だってわたしたちは……」


 雇い主と侍女だから――――そう言おうとしたところで、メアリーははたと口を噤む。

 ジェラルドは以前、メアリーのことを使用人とは思っていないと話していた。同じ話を繰り返すことは建設的ではない。第一、この話題を深掘りするのは危険だと直感していた。


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