好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
『……そうやって、簡単に線を引くなよな。
俺は別に爵位を継ぐために頑張ってるわけじゃないし』


 以前ジェラルドはそう言ってくれた。
 けれど、身分の差というのは大きいものだ。

 血が違う。
 価値観が違う。
 背負っているものが全然違う。

 彼は、その高い身分に見合うだけの努力をしているのだ。自分と一緒にしたらいけない。そう思っているのだが――――。


「ただいま、メアリー!」


 ジェラルドはメアリーを見つけるなり、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。

 メアリーの鼓動が早くなる。頬が熱を持ち、瞳にじわりと涙が滲む。


(嬉しい)


 こうしてジェラルドに会えたことが。
 彼に声をかけてもらえたことが。
 名前を呼んでもらえたことが。
 とびきりの笑顔を見せてもらえたことが。


 どれだけ線をひこうとしたところで、メアリーの心はジェラルドを求めている。ジェラルドが――――メアリー自身がたやすくそれを消してしまう。


「おかえりなさいませ、ジェラルド様」


 けれど、この場には今、他にも沢山の使用人たちが並んでいる。メアリーは丁寧にお辞儀をしつつ、緩みきった表情を引き締めた。


< 182 / 234 >

この作品をシェア

pagetop