好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「相手は?」

「アンジェルジャン侯爵家の長女で、アリティア様と仰る方だ。お前の2つ年下で、愛らしく賢い女性だと聞いている。またとない良い話だ」


 伯爵が言う。メアリーは密かに肩を落とした。


(――――わたし、馬鹿だな)


 メアリーは愚かにも『もしかしたら自分がジェラルドの結婚相手に選ばれるんじゃないか』、『自分の名前を呼んでもらえるのではないか』という妄想を抱いていたらしい。そうでなかったら、縁談の相手の名前を聞いただけで、こんなにも胸が軋むはずがない。


「それではわたしはこれで、失礼いたします」


 平気なふりをしなければならない――――そんなことは分かっている。
 それでも、メアリーの声は情けなく震え、涙が零れ落ちそうになった。


「おい、メアリー」


 ジェラルドが彼女の名前を呼ぶ。先ほどは嬉しくてたまらなかったのに、今は違う。辛くて辛くてたまらない。

 彼の声を聞こえないふりをして、メアリーは執務室をそっと後にした。
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