好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「おはよう、メリンダ」


 爽やかなテノールボイス。それが誰の声なのか――――確認せずともすぐに分かる。
 ステファンがメリンダに声をかけてきたのだ。


 周囲は驚きに目を見開き、すぐにメリンダを凝視する。騎士たちもそうだが、女性陣は特に『どうしてメリンダだけが声をかけられるの?』とでも言いたげな表情だ。当然ながら、メリンダ自身も大いに戸惑ってしまった。


 これまでならば、ただただ嬉しいだけだっただろう。
 朝からステファンの声が聞けた。顔が見られた。名前を呼ばれた。これで数日間は頑張れそうだと天にも昇る心地がしただろう。
 けれど、今のメリンダには不安要素しかない。やましいことがある分、素直に嬉しいとは思えなかった。


「おはようございます、ステファン殿下」


 とはいえ、挨拶をされて返さないのでは不敬に当たる。どうか何事もありませんように――――祈るような気持ちでメリンダは頭を下げた。


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