好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「――――大丈夫。言いたくないことは言わなくても良いんだよ?」


 アリティアの様子がおかしいと察したのだろう。ジェフリーは穏やかに微笑みつつ、彼女の顔を覗き込む。


「ありがとう、ジェフリー。だけど……できればあなたにも知っておいてほしいの。
私は表向き、侯爵家の令嬢よ。世間からもそのように思われているし、届け出だってされているわ。
だけどね――――母と侯爵は、一度だって寝室を共にしていないの」


 ドレスをギュッと握りしめ、アリティアは言う。


 アリティアの秘密。
 彼女は侯爵の実の娘ではない。

 父親が誰なのか――――それは公然の秘密だ。
 妻の妊娠を知った侯爵は、相当激怒したらしい。自分から『愛さない』と宣言し、愛人を引き込めばいいとまで言い放ったくせに、実に身勝手な話だ。


(実際のところ、お互い様なのよね)


 侯爵は侯爵で、愛人との間に息子を作っている。二人の夫婦関係は完全に破綻していたのだ。


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