好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 何と言っても彼は王太子。己の責務から逃れられないことは自覚しているはずだし、周りもそれを許しはしない。

 メリンダは今日のようにステファンの言葉をのらりくらりと交わしつつ、彼が飽きるのをひたすら待てば良い。

 侍女頭やステァンの側近たちからは苦言を呈されるかもしれないが、メリンダ自身に応える気がないなら大したお咎めはないだろう。


(そっか。そう考えたら気が楽かも)


 好きな人の顔が間近で見れる。
 自分の名前を呼んでもらえる。
 優しい言葉を投げかけてもらえる。
 甘く口説いてもらえる――――そんな幸せなことは中々ない。

 それは、どれほど望んだところで決して得ることのできなかったメリンダの夢だった。


(ステファン殿下、今日も素敵だったなぁ)


 先程のやり取りを思い返しつつ、メリンダはウットリと胸をときめかせる。

 彼がこの先もメリンダにアプローチをかけるつもりかどうかは分からない。
 だが、一人で思い悩んでウジウジするより、この状況を楽しんだほうがずっと良い。絶対、そうに違いない。


 メリンダは勢いよく立ち上がり、よし! と気合を入れ直す。
 それから何事もなかったかのように、颯爽と仕事に戻るのだった。
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