好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
(もしかして本気なの? 本気でわたしだけを想ってくださっているの?)


 ふとそんな考えが過り、メリンダの心が激しく揺れ動く。


 ステファンから渡された紙片をクシャクシャに丸め、投げ捨てようとして――――メリンダはピタリと手を止めた。紙片を丁寧に開きつつ、美しい筆跡を指でそっとなぞる。


(どうして? どうしてこんなに好きなの? 嫌いになれたら良かったのに)


 どう足掻いても、メリンダはステファンへの想いを捨てきれなかった。こんな小さな紙切れすら、愛おしいと思うほどに。


 メリンダの瞳から、涙がポタポタとこぼれ落ちる。
 叶わぬ恋だと思っていた。望みのない想いだと理解もしている。

 けれど、頭の中でステファンの笑顔が何度も何度も浮かびあがり、彼がメリンダのことを愛しげに呼ぶ。ステファンに『好きだ』と言われる想像をして、胸が、身体が甘く疼く。


 もしも彼に抱きしめられたら――――。
 もう一度口付けられたら―――――――。
 そんな想像を何度もし、ありえないと否定をする。

 ステファンに会いたい。
 会いたくない。

 声が聞きたい。
 聞きたくない。


 相反する想いと戦っているうちに、時間が勝手に過ぎていく。

 その日の仕事を終え、身支度を整えたメリンダは、いつものように自分のベッドに滑り込んだ。


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