好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 もしもステファンが王太子でなかったなら――――二人が身分の釣りあったただの男女であったなら、こんなにも嬉しい言葉はなかっただろう。

 それほどまでに想われ、愛され、求められる幸福に、喜び咽び泣いたに違いない。

 けれど、ステファンは王太子だ。代わりのきかない尊い人だ。

 どう足掻いても現実は変わらない。涙が静かに頬を伝った。


「――――殿下、もう終わりにしましょう。これ以上は無理です。自分を騙しきれません」


 散々悩んだ挙げ句、メリンダはゆっくりと口を開いた。

 その瞬間、ステファンは驚きに目を見開き、手のひらで口元を覆い隠す。それから、湧き上がる衝動を押さえるため、ガン! と壁を殴りつけた。


「終わり? ……それは、僕との関係を断つってこと?」


 絶望のあまりステファンの声が震えている。それでも、メリンダは躊躇うことなく頷いた。

 ステファンは首を傾げながら、メリンダのことを抱き締める。彼の瞳には涙が浮かび上がっていた。


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