好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「わたしはあなたを――――民ではなく、己の恋心を優先するステファン殿下を見て、幻滅してしまいました。王太子としての責務を忘れ、一人の男として生きようとする貴方を、愚かだと思ってしまいました。
わたしが好きになったはずの貴方は、この世界のどこにも存在しない。
わたしが愛していたのは貴方じゃない――――自分自身だったのです」


 重い沈黙が二人きりの部屋に横たわる。
 これではあまりに救いがない――――メリンダはしばし逡巡し、それから再び口を開いた。


「だけどそれは、ステファン殿下も同じです。
貴方はきっと、わたしのことを本気で好きなわけではない。
元々、恋なんてまやかしのようなもの。それぞれが己の欲求を満たせそうな人物を選びとり、心と体を騙しているだけなんです。片思いの切なさを味わいたいのか、両思いの甘さを味わいたいのか――――人に求められる喜びを第一に考えている人もいるでしょう。たまたまそれがわたしとピッタリはまったというだけ。
ですから、ステファン殿下は必ずリズベット様のことを愛せます。貴方の隣にいる人間は、わたしじゃなくても良いのです」


 メリンダの言葉に、ステファンはハッと顔を上げる。それから彼は、大きく首を横に振った。


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