好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「いい加減目を覚ましてください! どうしてメリンダが居なくなったのか……ここを去ると決めたのか、よく考えてみてください」


 悲しみに満ちた瞳。昨夜のメリンダの表情と言葉がチラついて、ステファンは思わず言葉を失った。


『わたしはあなたを――――民ではなく、己の恋心を優先するステファン殿下を見て、幻滅してしまいました。王太子としての責務を忘れ、一人の男として生きようとする貴方を、愚かだと思ってしまいました。
わたしが好きになったはずの貴方は、この世界のどこにも存在しない。
わたしが愛していたのは貴方じゃない――――自分自身だったのです』


 メリンダの言葉が胸を刺す。
 ステファンは己の手のひらを呆然と見つめ、それから鏡に写った自分の顔を見て――――絶望した。


(今のままでは、メリンダは僕を愛してくれない……?)


 メリンダがステファンを捨てたのは、彼が恋に溺れすぎたあまり、国民を顧みなくなったからだ。理想の王子様として存在できなくなったからだ。

 今ここで、己の責務を放棄し、メリンダを迎えに行ったとしたら、彼女の心は永遠に手に入らなくなるだろう。


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