好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
【2章】伯爵家執事レヴィの場合

1.喜怒哀楽を忘れた少年

 一体何が起こっているのか――――俄には信じられなかった。
 無理矢理に引かれた手の痛み、あまりにも必死な瞳が垣間見え、押し当てられた唇の熱に瞠目する。


 今日、私の世界で一番大切な人――――アリスお嬢様の婚約が決まった。

 けれど今、私はお嬢様にキスをされている。


***


 レヴィは物心ついた頃から孤児院で生活をしていた。

 最初からそうだったのかは分からない。
 けれど、彼の最初の記憶は、孤児院の扉の前で泣き叫んでいる己の姿だった。

 
 そこから十三歳になるまでの間、レヴィは淡々と毎日を過ごしていた。
 まだ子供だというのに喜怒哀楽を失い、どんなことに対しても感情を抱かない。そうすることで己を守っていた――――そう気づいたのは、割と最近のことだ。


 けれど、そんな彼に転機が訪れた。
 領主が孤児院の視察にやってきたのだ。


 そのとき出会ったのが、彼にとっていちばん大切な存在である、領主の娘アリスだった。


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