好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「娘が君のことを大層気に入っていてね。会えなくなると知ったら絶対に泣くだろうし、叱られてしまうに違いない。それに、君は相当優秀だと聞いている。我が家でも十分やっていけるんじゃないかと思ったんだ」

「そんな……僕はそんな大層なものではございません」


 レヴィが優秀に見えるとしたなら、それは全てアリスのおかげだ。彼女が遊びの中で教えてくれた数々の学びが、今のレヴィを形作っている。立ち居振る舞いも、言葉遣いや知識だって、彼女がいなければ身につかなかったものだ。


「けれど、もしも許されるなら――――僕は伯爵家で働きたいです。お嬢様のために働きたいです」


 間接的に関われたら、それだけで嬉しいと思っていた。
 ほんの少しでも良いから存在を感じていたいと願っていた。

 だというのに、アリスの成長を、幸せをこの目で見届けることができる――――レヴィにとってこんなにも幸せなことはない。


「もちろん。娘も絶対に喜ぶよ」


 伯爵はそう言って、人好きのしそうな優しい笑みを浮かべる。


「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません! 誠心誠意、伯爵家に身を捧げ、尽くさせていただきます。お嬢様の幸せは、僕の命にかえても必ずお守りします」


 深々と頭を下げながら、喜びが勢いよくこみ上げてくる。涙がポロポロとこぼれ落ち、いつまでもいつまでも止まることがなかった。
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