好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 日付が変わっ既に数時間が経過したが、今夜はとても眠れそうにない。このまま眠らず、朝日を待つ方が良いだろう。

 胸が詰まる。ため息が漏れる。
 アリスの結婚は、伯爵家にとってとてもめでたいことだと分かっているのに。


「アリスお嬢様……」


 レヴィが思わずアリスの名前を呟いたそのときだった。躊躇いがちに扉をノックする音が聞こえてくる。


(誰だろう?)


 こんな時間に部屋を訪れてくるような関係の人間は彼には居ない。この十年間、レヴィはアリスのことだけを考え、彼女のためだけに生きてきたからだ。
 とはいえ、仕事でなにか緊急事態が起こったという可能性もある。それがアリスに関わることだとしたらことだ。

 レヴィは戸惑いつつも、「どなたですか?」と尋ねた。


「レヴィ、私よ」


 か細く震えた愛らしい声音。
 それが誰のものなのか――――考えるまでもない。


「アリスお嬢様?」


 レヴィの心臓が、ドクンドクンと大きく跳ねた。
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