好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「レヴィ……!」

「戻りましょう、お嬢様。部屋までお送りします」


 レヴィはそう言って、有無を言わさず歩き出す。
 アリスは大きな瞳に涙をいっぱいため、いやいやと首を横に振った。けれど、レヴィが聞く耳を持たないことが分かると、シュンと肩を落としつつ、黙って彼の腕に抱かれる。


「レヴィ」


 アリスは小声で何度も何度もレヴィの名前を呼ぶ。甘えるように胸に擦り寄り、彼の背中に腕を回して。
 レヴィはゴクリと唾を飲み、大きくゆっくりと呼吸をした。


「覚えていらっしゃいますか、お嬢様? 昔はよく、私がこうして貴女を部屋まで運んでおりました。お嬢様はいつまで経ってもあの頃のまま――――びっくりするぐらい何も変わっておりませんね」


 己の邪念を払うように、レヴィはそう口にする。

 嘘だ。
 本当はあの頃とは全く違う――――何もかもが変わっていた。


 雪のように白く、しっとりと吸い付くように艶やかな肌。洗剤の向こう側から香ってくるのは、甘く蕩けるような女性の香りだ。
 泣きぬれた瞳は熱を帯びているし、身体は変わらず温かいが、どこかほっこりとした子供の体温とは明らかに違う。
 早い鼓動、乱れた呼吸、アリスの全てがレヴィの心をかき乱す。
 彼はそれら全てに気づかないふりをした。


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