好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「私が貴方との思い出を忘れるわけがないでしょう?
だけどね……レヴィは変わらないって言うけど、私、もう大人よ。そりゃ、どう頑張ったって年の差は埋められないけど……私はもうレヴィと同じ。大人なのよ」


 アリスが呟く。切なげに、とても苦しげに。


(ええ、知っていますよ)


 本当に嫌になる――――泣きたくなるほどに分かっている。
 ため息を吐きたくなるのをぐっと堪え、レヴィは前を向き続けた。


「レヴィにとって、お嬢様はお嬢様ですよ」


 それ以上でも以下でもない――――暗にそう伝えれば、アリスはシュンと肩を落とした。


(申し訳ございません、お嬢様)


 心のなかで詫ながら、レヴィはそっと目を伏せる。

 先ほどの彼の言葉に嘘偽りは一つもない。

 けれど、レヴィにとっての『お嬢様』は、この世で一番大切な存在だ。
 愛してくたまらない、唯一無二の宝ものだ。


 アリスは傷ついただろう。突き放されたように感じただろう――――それで良い。元々それが目的だ。


 しかし、レヴィにとって今の発言は、自身の重くて深すぎる愛情を告白したも同然。彼はなんともいえない苦い気持ちに支配されてしまう。


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