好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「さあ、着きましたよ」


 アリスの部屋の前でレヴィは彼女をそっと下ろした。


「……ダメ元で聞くけど、このまま中に入って話をしていかない?」

「行きません。
早くお休みになってください。睡眠不足は美容の天敵。お嬢様の美しい肌と髪が台無しになってしまいます」

「――――私が綺麗でいようと頑張っているのは、全部レヴィのためだもの」


 アリスはそう言って、レヴィの胸に飛び込んでくる。止める間もない、一瞬の出来事だった。


「お嬢様……!」

「レヴィに綺麗だって……可愛いって思われたいから頑張ってきたの。勉強だってそうよ? 貴女に優秀な令嬢だと思われたかったの。
だって、私が好きなのはレヴィだけだもの。だから、他の人と結婚なんてしたくないの……知っていたでしょう?」


 アリスの愛の告白に、レヴィは心のなかで舌打ちをする。

 彼女の気持ちにはとっくの昔に気づいていた。気づいていながら、気づかないふりをし、決定的な一言を言わせないよう気を揉んでいたのである。


 もちろん最初は、アリスが本気だとは思わなかった。単純に使用人として慕ってくれているだけだと思おうとした。

 あまりにも身分の違う二人だから。決して結ばれることはない二人だから。

 アリスだって、そんなことは百も承知のはず。
 ひとたび結婚が決まれば、レヴィへの気持ちを封印し、貴族の夫人として生きていくものだと思っていたというのに。


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