好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
「私が、なにか?」


 レヴィは基本的に、アリス以外の人間に対しては塩対応だ。そのせいでどう思われても構わないし、みんなから好かれたいとも思わない。

 もちろん、仕事を円滑に進める必要があるから愛想は良くしているけれど、彼の優しさと温かさはアリスに全振りされているので、多少冷たく感じられても仕方がない。
 侍女は居心地悪そうに視線をさまよわせつつ、そっと首を傾げた。


「いえ。なんだか疲れていらっしゃるように見えたので……勘違いなら良いのです」

「お気遣い、ありがとうございます。ですが、これからお嬢様の結婚に向けて忙しくなるので、疲れている暇などありませんよ。お嬢様には、世界で一番幸せになっていただかなくてはいけませんから」


 言葉にしてみてハッとする。レヴィは思わず口元を押さえた。


(そうだ)


 自分は一体何をしているのだろう?

 アリスはこれから人生で一番大切な時期を迎える。世界で一番幸せな結婚をする。
 彼女の結婚式を最高のものとするため、レヴィは全力を尽くさなければならない。

 そのためには、悩んでいる暇も、立ち止まっている暇もない。


「ありがとう。貴女のおかげで大切なことを思い出せました」

「え? いえ、そんな……」


 レヴィは侍女に礼を言うと、前を見据えて動き出した。



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