もう恋なんてしないと決めていたのに、天才外科医に赤ちゃんごと溺愛されました
 留学先で世界の医療技術や最新の設備に触れて帰国し、周囲から親の七光りで病院を継ぐのだと言われないだけの能力を発揮してきたつもりだ。

 それなのに今は集中しきれない。

 音楽も看護師の報告も、器械出しの返事や呼吸でさえノイズに聞こえた。

「八柳先生」

 不意に声をかけられ、はっとする。

 自分でも気づかない間に手が止まっていた。

「なんでもない。ガーゼを増やしてください」

「はい」

 初めての執刀ですら手が止まるなどという失態を犯さなかった。

 そもそもさっきから俺はずっと考えごとをしている。これも初めてだ。

 とっくに見慣れた赤い色が俺の手もとを汚す。

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