もう恋なんてしないと決めていたのに、天才外科医に赤ちゃんごと溺愛されました
 担当するどの患者にも、一緒に働くどのスタッフにも見せない、彼の心のやわらかい部分をさらした笑顔。注意して見なければ気づかないほど微かな変化だった。

「それでいい」

 厳しい物言いをしがちな蒼史さんの声が、私の鼓膜を優しくなでる。

 蒼史さんは私のこめかみに口づけをし、耳をそっと甘噛みしながらささやいた。

「柚子」

 一瞬、彼がなにを言ったのかわからなくなったくらい甘やかな響きだった。

 そうか、織部柚子は私の名前だったっけ。

 そう気づいて応えようとしたときにはもう、彼の唇が首筋に下りている。

 ……どうして?

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