さよならの続き
「顔あげてください。私は大丈夫です。昔のことですから」

航平はゆっくり顔を上げたけど、表情は曇ったままだ。
この人は、ずっと自責の念を抱えたままでいたんだろうか。
だとしたら…

「課長が私にやさしくしてくれるのは、罪悪感からですか…?」
「…違うっ俺は…っ」

彼らしくない感情的な声が宙に響き、すぐに途切れた。
声と同時に掴まれた腕に、力が込められる。
眉を寄せ、端正な目元を歪め、私を見つめる瞳に切なく揺れる熱を感じた。
躊躇うように唇が少し動いて、きゅっと一文字に結ばれたあと、ゆっくりと掴んでいた手を離した。
彼は表情を緩め、やわらかく微笑む。

「君に幸せでいてほしい。俺はただ、そう願ってるだけだよ」

無意識に止めていた呼吸が漏れて身体の力が抜けた。
傾き始めた日が眩しく目を焼き、浮かんだ涙を見られまいと視線を海へ戻した。

『違うっ俺は…っ』

その続きに、私は一体何を期待したんだろう。

『君に幸せでいてほしい』

私たちの未来はもう交わらない。
そんなこと、わかっているのに。

感傷に浸りすぎだな、と自嘲した。
目を伏せて涙を閉じ込め、それから航平に目をやって明るく笑みを作った。

「私そろそろ帰りますね」
「それなら特急の駅まで送るよ。ここからだと乗り換えもあるだろ」
「いえ、大丈夫です。ちょっといろんなところを寄り道するので」

航平は何か言いたげだったけど、失礼します、と頭を下げて背を向けた。

きっと気づいていた。だけど、認めたくなくて気づかないふりをしていた。
私の心は今も、過去に囚われたままなのだ。

…そうか。だから陽太との未来を描けないのか。

ストンと腑に落ちた感覚がして、それからじわじわと胸が痛くなった。
私は最初からずっと、陽太がくれるだけの気持ちを、同じ温度で返すことができていなかったのかもしれない。

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