さよならの続き
明るい通りに出て、たくさんの人が往来していることに安堵した。
息を切らし、びしょ濡れになっている私は、周りから見たら奇異だろう。
靴擦れした踵がひりつくのを感じながら、無意識に私の足はある方向へと進んでいた。

一度しか来たことがないアパートの部屋を目の前にして、途方に暮れた。
こんな時に頼るべき相手じゃない。
キスマークの時だってそう自分を戒めたはずだ。
距離を置いているとはいえ、私には陽太がいる。
頼るなら陽太のはずだ。
なのに、ここから足が動かない。
弱い自分に引っ張られ、インターホンに指が伸びる。

…駄目だよ。こんなの駄目だ。

少しの理性がすんでで私の指を止め、ゆっくりと手を引っ込めた。

怖いけど、ひとりでマンションに戻るしかないのかな。
ずぶぬれだとタクシーには乗せてくれないんだろうか。

ぼんやりと考えながら踵を返してゆっくり歩き始めたら、不意に車のライトが駐車場へ向かって入って来て目が眩んだ。
こんな姿でここにいるのを住人に見られたら、それこそ私が不審者だ。
とりあえず大通りに戻ろうかと早足で敷地を出ようとしたら、後ろで車のドアが勢いよく閉まる音がした。

「星野さん!」

振り返ると、水音を立てながら駐車場から駆けてきたのは航平だった。

「どうしたんだ、こんなに濡れて」

張り詰めていた糸がプツッと切れた音がした。
航平の顔はすぐにぼやけて見えなくなった。
髪からは雫が滴り、目からはぽろぽろ涙が零れる。
ぐしゃぐしゃな顔で息を震わせて泣く私を、航平は自分の服が濡れるのも厭わず包み込んでくれた。

「…大丈夫。大丈夫だよ。とりあえず部屋に入ろう」

あやすように背中をなでる温もり。
語尾が掠れる耳慣れたバリトン。
私が今一番ほしかったのは、着替える服でも、雨宿りできる場所でもない。
きっとこれだった。

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