おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
先天性の心疾患にも様々な種類がある。
千春のように生まれつき心臓の形が通常と異なる場合もあれば、心房あるいは心室に穴が開いているという場合もある。
穴が小さく目立った症状もない場合は、精密検査をしてみて初めて診断が確定される。自覚がないまま天寿をまっとうする人も少なくない。
その一方で、身体が成長し運動強度が高くなるにつれ、頻脈などの顕著な症状が出てくる場合もある。この少年もそのパターンなのかもしれない。
「あ、領収書忘れてる」
親子がクリニックから出て行った後、千春がカウンターの上をなにげなく見ると領収書が置いたままになっていた。気が動転していて受け取り忘れたのだろう。
親子はついさっき出て行ったばかりだ。今なら追いつけそうだ。なにより母親のただならぬ様子が心に引っかかった。公私混同だということはわかっていたが到底放ってはおけない。
「由里さん!私、ちょっと追いかけてきますね」
「え?千春ちゃん!?」
千春は領収書を持つと、クリニックの外に飛び出した。大通りまで走り、周りをあちこち見回すと、反対側の歩道を歩いている親子を発見した。
「とがしさん、待ってください!」
親子を引き留めるべく大声で名前を呼び、手を振った。
名前を呼ばれた母親が後ろを振り返り、千春を見て不思議そうに首を傾げた。
千春は歩道橋を駆け上り、親子の元へと走っていった。