おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

「よ……よかった、追いついて……っ!領収書お忘れですよ!」
「あ……そう……。ごめんなさいね、私ってばうっかりしていて……」

 母親はかしこまり申し訳なさそうに深々と頭を下げた。やはり領収書を忘れたことに気が付いていなかったようだ。

「あの……大丈夫ですか?待合室でも泣いていらしたので……」

 余計なお世話なのを承知で尋ねると、母親の目からハラハラと涙が溢れていった。

「す、すみません……」
「息子さんのことが心配なのは当たり前ですよ」

 ある日突然自分の息子の心臓は病気かもしれないと言われたら誰だって動揺する。
 
「香月先生が紹介状を書いてくださった聖蘭医科大病院の小児心臓外科の先生は皆さん優秀ですよ。私が保証します。だから安心して治療を受けてください」

 先生の優秀さをなぜ千春が担保するのか、意味がわからなかったのかと母親はキョトンと目を丸くした。
 
「私も心疾患があって赤ちゃんの時に聖蘭大学病院で手術しているんです。多少生活が制限されていますが元気に暮らしてます」
「あなたも……?」
「はい。だから、あまり悲観しないでください。隠れていた病気が見つかっただけで、この子の何が変わったということはないんです」

 母親はかたわらに寄り添う我が子を見下ろした。少年は母親のただならぬ様子を感じ取り、口を固く引き結んでいた。
 千春は少年と目線を合わせるため、その場にしゃがんだ。

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