おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「先生とママの言うことはちゃんと聞くんだぞ?お姉ちゃんと約束ね?」
少年は大人しくコクンと頷いた。
「よし」
千春は大人しい彼の様子にかつての自分を重ねた。大人の顔色ばかりを窺い、ままならない身体を恨んだこともあった。今でこそ折り合いをつけられたが、そうなるまでには長い戦いが続くのだ。一番の味方は家族。そして、彼を大事に思う周りの人々の存在。
千春の場合は香月だった。
千春は去り行く親子に手を振った。母親は千春に感謝を告げると何度も会釈をしていた。
親子が曲がり角の向こうに消え見えなくなると、千春はよろりとふらつき街路樹に手をついた。
(つ、疲れた……。ちょっと休憩しよう……)
二人の前では痩せ我慢していたが、体力がゴミの千春の身体はとうに限界を迎えていた。
とがし親子は千春の予想よりも随分と遠くまで歩いていたようで、後ろを振り返ってもクリニックは影も形も見えない。
千春は手頃な植え込みの縁に腰を下ろした。
こんなに走ったのは久し振りだ。通勤時間が減った分、体力の衰えは否めなかった。
そうやってゆっくり呼吸を整えていると、クリニックの方角から香月が息を切らしながら走ってきた。
「ちぃ!」
「あれ?香月くん、どうしたの?」
「由里さんが、千春が出て行ったきり戻ってこないから探してきてくれって……」
腕時計を見れば時刻は午前の診療時間の終わりに差し掛かっていた。由里が心配するのも無理はない。