おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 香月に辛辣な言葉を投げつけてしまった翌朝。

 千春は出勤前に庭で洗濯物を干している香月にそっと近づいていった。
 昨夜は毛布をぐるりと巻きつけ蛹のようになって寝たはずなのに、夜中に一度目を覚ました時には香月に抱きすくめられるようにして寝ていた。
 香月の温かい人肌と規則正しい寝息に胸がぎゅうっと締めつけられた。おそらく千春はこの夜のことを何度も何度も思い出すのだろう。

 千春は香月の顔を見ないようにゆっくりと広い背中に顔を埋めた。
 
「香月くん、昨日はごめんなさい」
 
 面と向かって謝ることのできない弱さを許して欲しい。顔を見たら泣いてしまいそうだった。
 
「香月くんがいつも患者さんと真剣に向き合っていること、知ってるのに……。昨日はあんな……ひ、酷いことを言ってしまって……」

 徐々にしゃくりあげるような涙声になっていく。ああ、もう。泣くつもりなんてなかったのに。泣いてしまったら香月が悪者になってしまう。悪いのは千春なのに。

「ちぃ」
 
 干し掛けのバスタオルがヒラリと宙を舞い、地面に落ちた。
 香月は身体を反転させ、千春を真正面から抱き締めた。

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