おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 ハチローが命を落とす少し前、自分の身体について改めて両親から説明された。

 赤ん坊の時に心臓の手術をしたこと、激しい運動は控えなければならないことは、それまでもなんとなく理解していた。
 しかし、改めて説明されるとその重みに押し潰されそうになった。

 具体的な病名、定期検診が不可欠なこと、この歪な心臓とは一生付き合っていかなければならないことを知った。

 両親にしてみれば、活動範囲が広がり、将来の夢を具体的に考え始める小学校高学年になる前に、ある程度自分の身体についての知識を与えておきたいという一心だったのだろう。

 ……どれも十歳の千春には抱えきれないことばかりだった。

 背後に忍び寄る死の匂いに闇雲に怯える千春に戦う術を教えてくれたのは香月だった。
 香月は千春にもわかるように医学書を紐解き、病気について事細かに説明してくれた。知らないから怖いのだ、知ってしまえばもう怖くないと。

「気に入ったならうちで飼うか?小さい水槽ならリビングに置けると思うけど」

 水槽をぼうっと眺めていた千春の隣にいつのまにか香月が並んでいた。昔のことを思い出しているうちに随分と時間が経っていたようだ。
 千春は首を横に振った。

「ううん。もうペットは飼わない」

 ……死んでしまった時のことを考えると悲しいから。

 千春にとってハチローのことは苦い思い出として心に刻まれている。昔のように死んでしまった生き物に自分を重ねることはしないけれど、どうしたって怖いものは怖い。

 全てを知る香月は千春を慰めるように、ポンポンと背中を叩いてくれた。
 
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