おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
たとえ推しが黄金塚の退団を発表し、夫婦仲に亀裂が生じていようとも、仕事を休む訳にはいかない。
千春は気力を振り絞り、クリニックでの事務仕事に没頭した。ふいに聞こえてくる香月の声にドキリとすることもあったけれど、出来るだけいつも通りを心がけ業務にあたった。
「すみませーん」
消耗品の在庫確認にすっかり夢中になっていた千春はカウンターの向こうから呼びかけられるまで患者が来たことに気づけないでいた。
チェックリストを一旦床に置いて、慌ててカウンターに戻る。
「お待たせしてすみませんでした。診察券と保険証を……」
「先日はありがとうございました」
穏やかな笑みをたたえて受付に立っていたのは、先日千春が領収書を走って届けたとがし親子だった。
「とがしさんですよね?今日はどうされました?」
「今日はこの子とインフルエンザの予防接種に来たんです」
「ではこちらの問診票にご記入をお願いします」
千春は問診票を挟んだバインダーを母親に渡した。
母親からは悲壮感がすっかり消えていた。何か心境の変化でもあったのだろうか。
その答えはバインダーが受付に返却された時にわかった。