おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 劇場を後にした香月と千春は日比野駅までゆっくりと歩き出した。その道中、ずっと疑問に思っていたことを香月に尋ねた。

「ねえ。もしあの時、恵流様のブロマイドが当たらなかったらどうしたの?」
「そうだな……。『エスペランザ』のSSシートと引き換えに結婚を迫ったかもな」
「うわ、それ絶対見たいやつ……」

 『エスペランザ』は黄金塚で最も人気があり、SSシートどころかAシートですら入手困難な代物だ。

「そんな物手に入れられるコネなんかあるの?」
「コネなんてないけど、ちぃにうんと言わせるならそれくらい必要だろ?エスペランザは何度も再演してるし運が良ければそのうち買える。気長に待つさ」

 サイン入りブロマイドと温泉旅行券を当てた右手なら本当に買えそうで困る。
 珠江と千春から英才教育を受けてきた香月は、もはや立派なヅカオタだと思う。
 チケットの発売日にスマホに齧り付く香月を見てみたかったような気もする。

「それでもダメだったら?」
「他の男に目移りできないようにして徹底的に囲い込む。他に相手がいなかったら、俺と結婚するしかなくなるだろ?」

 獲物がかかるのをじっと待っているなんて蟻地獄か、蜘蛛の巣か。たどり着いたその先に香月が待っていてくれるなら怖くないかも。いや、どう考えても怖い!

「怖いよー!助けてお母さーん!」
「……陰湿で悪かったな」

 千春が香月を好きで本当に良かった。そうでなければとんでもない事件が起こるところだった。未遂でよかった!
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