おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「気が向いたらでいいから連絡して?ね?待ってるから」
仙堂はそう言うと、陽だまりのような温かい笑顔を残し颯爽と帰って行った。あからさまに肩の力を抜いた千春の脇腹を由里が肘でつつく。
「香月先生と結婚するんでごめんなさいって言わなくてよかったの?」
「そうか……。そういう手がありましたね!」
「しっかりしなよ〜。人妻になるんでしょ〜?」
午後六時。
最後の患者を見送ると千春は正面入口に『本日の診察は終了しました。』の札を掲げた。受付のパソコンをシャットダウンして、軽く片付けをすれば本日の業務はすべて終了だ。
「ちぃ、行くぞ」
「はーい」
昼休みの間に記入した婚姻届を持ち、香月と一緒に区役所までてくてくと歩いていく。正規の窓口は既に閉まっているので、時間外窓口に向かう。
「よろしくお願いします」
窓口にいる職員へ記入済みの婚姻届を提出したら、あっという間に結婚成立だ。
(結婚ってこんなにあっさり出来るものなんだな……)
千春の勝手なイメージだが、結婚する時というのはもっと歓喜に咽び泣くものだと思っていた。なんの感慨も湧いてこないのが逆に不思議な話だった。