おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「あー!美味しかった!」
ラーメンを食べ終えた二人は満腹になって家路についた。家が隣同士の二人は当然のことながら帰り道も一緒だ。街灯に照らされた住宅街をのんびり歩いていく。
「ちぃ、忘れないうちに渡しとく」
香月はそう言うと、ジャケットの内ポケットから星川恵流のブロマイドを取り出した。
「ほら、約束の物だ」
「わあ!ありがとう!凄く嬉しい!」
千春は香月から光の速さでブロマイドを奪い取った。やっぱりあげないと言われる前に確保せねばと必死だった。
「祭壇の一番良いところに飾るね」
推しを奉った棚は、オタク界隈では『祭壇』なんて呼ばれていたりする。もちろん、本来の宗教的な意味合いでの祭壇とはまるで使い道が異なる。千春の祭壇には星川恵流のブロマイドやら、公演パンフレット、フライヤーなどが飾り立ててあった。
(はあ……。尊い……)
千春は感嘆のため息をつきながらやっとの思いで手に入れた星川恵流のブロマイドをうっとりと眺めた。
光り輝く瞳。力強く引き結ばれた唇。どこか憂いを漂わせる視線の先には何千人という黄金塚ファンがいる。
「そんなに嬉しいのか?ブロマイドならもう何十枚も持ってるだろ?」
「恵流様が着ている衣装、私が一番好きな『真夜中のルードリヒ』の『ルードリヒ』なの!」
星川恵流が主演を務める『真夜中のルードリヒ』は先日、再演が決まったばかりだった。初日のチケットが取れたのは奇跡に近いし、限定のサイン入りブロマイドが当選したのはもはや運命だ。公演までの三か月間、これだけで生きていける気がする。