おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「こんなの卑怯だよ!」
コガネジェンヌの皆さまをダシにして、千春を誘導しようとしているのは明らかだった。二度も同じ手を食らってたまるものですかと、千春は断腸の思いでパンフレットを遠ざけた。
「俺もちぃのウェディングドレス姿が見たいんだよ」
香月は極上の笑みを浮かべながら懇願した。なんというイケメンの無駄遣いだ。
「結婚式はやらなくていいから写真だけでも撮らないか?これなんてちぃの好きな『オペラ座の仮面』に出てくる大階段とそっくりだろ?ほ〜ら、だんだん指輪をつけてドレスを着てここで写真を撮ってみたくなってきただろう?」
『オペラ座の仮面』は中世を舞台にした悲恋物で、大階段のセットが最も有名だ。仮面を被るヒーローが転がり落ちる様は圧巻の迫力で、千春も大好きな演目のひとつである。
……ダメだ。抗おうと試みても、プレゼンに一切の隙がない。
「御両親もきっと喜ぶ。一人娘の結婚なんだぞ。ドレス姿が見たいに決まってる。指輪も作ろう。きっとちぃの指に似合うものが見つかるさ」
香月は千春の左手を取ると、薬指にそっと唇を落とした。まるで永遠の愛を誓うキスのようだ。
ここまで言われて嫌だと駄々をこねたら千春が悪者みたいだ。
「……負けたっ!」
千春は潔く負けを認め白旗を上げた。好みを完璧に把握されている時点で既に勝敗は決していた。