おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 星川恵流とは千春が贔屓にしているナイト役だ。黄金塚歌劇団はすべての配役を女性が演じる世界的にも珍しい歌劇団で、女性を演じる団員をマドンナ役、男性を演じる団員をナイト役と呼ぶ。
 
 黄金塚歌劇団は四季を関する四種類の組に分かれており、それぞれ春風(はるかぜ)組、夏雲(なつぐも)組、秋月(あきづき)組、冬空(ふゆぞら)組と呼ばれている。

 星川恵流は冬空組のナイト役トップスターだ。彼女が舞台の上から観客に向ける流し目は『流れ星』と称されている。
 
「見せて見せて!」

 千春がこれでもかと食いつくと、香月は獲物を釣り上げたとばかりに、茶封筒を頭上高く掲げてみせた。
 チビの千春がぴょんぴょんと無様にジャンプをしているのを高みの見物と洒落込んでいる。

「なんで意地悪するの!?」

 香月はもちろん千春が重度のヅカオタで星川恵流の大ファンだと知っている。知っているからこその所業である。

「ちぃ、勝手に俺の名前と住所を使っただろ?」

 ジロリと冷たく見下ろされ、千春は明後日の方向に顔を背けた。

「おばさんにはちゃんと許可とったよ?」
「違うだろ。俺に許可をとれよ!」
「えー。だって香月くんちょうど出掛けていていなかったんだもん。応募〆切に間に合わなかったらまずいじゃん?」

 千春とて勝手に名前と住所を使うのはまずいかもとチラとは頭をよぎった。
 しかし、〆切を一週間間違えたばかりに時間的な猶予はなかった。
 まあ、ダメとは言われないだろうし、後から伝えれば問題ないかと開き直るに至った。
 本人に懸賞の件を伝え忘れていたのはうっかりとしか言いようがない。テヘペロー。

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