おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「花嫁様、こちらに視線をお願いします」
パシンパシンとシャッター音が鳴り、撮影用のライトとレフ板が眩しく光る。
この日、香月と千春は都内某所にある由緒正しい迎賓館で予定通りウェディングフォトの撮影に臨んでいた。
朝六時に家を出て、八時には現場入り。専門のスタイリストにヘアメイクをしてもらい、持ち込んだクイーンローズのドレスを着せてもらった。手にはブーケと結婚指輪。
撮影は迎賓館の至るところで行われた。大階段、庭園、アンティークのステンドグラスの前。撮影場所に移動し、カメラを向けられる度に笑顔を作り出すのは至難の業だった。
「大丈夫か?」
「ドレスが重い……苦しい……」
千春はアテンド係が用意した椅子に座り、ひたすら苦行に耐えていた。
この日は千春たちと同じように撮影をするカップルが他にも何組もいて、人気のあるエリアでは順番待ちが発生していた。
ドレスが着られて楽しかったのは最初の五分だけ。ただでさえ、ドレスを綺麗に着るために専用の下着とコルセットでぎゅうぎゅうに締め上げられているのに待たされるのはなお辛い。
「ほら、暑いから水分取っておいた方がいい」
「ありがと……」
さすがは医者だ。花嫁の健康管理もお手の物らしい。
千春は香月から水をもらうと、ストローでチビチビと飲んでいった。
現代日本でドレスを着慣れている人間などいやしない。ひとつひとつの布は軽くとも、幾重にも重ねればそこそこの重量になり、ひとりではまともに歩けやしない。
黄金塚のマドンナ役の方々はこんな重い物を身につけながら歌い、踊るのか。舞台用のドレスは作りが違うだろうが、尊敬の念しか湧かない。