おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
3.いびつなハート


 七月某日。
 この日、千春は休診日にもかかわらず、六時にセットしていたスマホのアラームが鳴り始める前に起床した。
 カーテンを開ければ、健やかな目覚めを祝福するかのような気持ちの良い晴天だった。

(ふふっ。最高の一日になりそう!)

 そう、今日は千春が待ち焦がれていた『真夜中のルードリヒ』の公演初日だった。

 千春は今日という日のために、昨日は夜十時に就寝した。風邪を引かぬように二週間前からうがいと手洗いを入念に行い、体調を万全に整えてきた。風邪なんか拗らせて寝込んだりしたら一生悔やむ羽目になる。
 これもすべて星川恵流という名の一等星の輝かしい姿をこの目に焼きつけるためだ。

 朝食を食べ終えた千春は、顔を洗うとフェイスパックを顔に張り付けた。一枚千円もする高級パックだ。美容液をたっぷり浸透させ、メイク前にお肌をプルンプルンのもっちもちにする。
 鏡と睨めっこし、普段より念入りにメイクを施すと、ネイルケアにも精を出し爪をピカピカに磨いていく。
 最後の仕上げにこの日のために買ったシフォン素材のワンピースを着る。
 色はくすみパープルで、全体的にふんわりしたシルエットが特長だ。袖がくしゅっとすぼめられているのが大人可愛い一着で、アパレルショップで一目惚れしたのだ。

 舞台上から客席を見渡す星川恵流のために、綺麗に着飾るのはファンとしての義務だ。推しの瞳に映るなら、最高に綺麗な自分を見せたい。

 姿見の前で全身をチェックし終わると、最後にバッグの中身を確認していく。
 スマホの充電よし。電子チケットのブックマークよし。オペラグラスよし。
 ひとつひとつを指差し確認し、すべての準備が整ったところで公演初日の成功を祈って祭壇に手を合わせる。

(今から行きますね!恵流様!)

「行ってきます!」

 千春は意気揚々と家を飛び出したのだった。

< 48 / 171 >

この作品をシェア

pagetop