おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 奇跡的に予定が合い、記念すべき公演初日を一緒に迎えられる喜びを噛み締めていると、握り合った指に違和感を覚えたのか芽衣が眉をひそめた。
 
「千春ちゃん……それ……」

 芽衣の目が千春の左手の薬指に釘づけになった。香月に買ってもらった結婚指輪は約束通り肌身離さず身につけている。

「あ、えーっと……。実は四月に結婚したんです」
「ええええええ!?」
 
 芽衣にとっては寝耳に水の話だろう。メッセージで結婚を報告するのも味気ないと思い、香月と結婚したことはまだ芽衣に話していなかったからだ。
 
「相手は誰!?」
「隣の家に住む幼馴染です」
「隣の家って……千春ちゃんが働いているクリニックの先生だっていう……」
「そうです。香月くんです」

 芽衣は外国人のようなオーバーリアクションで「アンビリバボー!」と叫び、頭を押さえた。

「なんで報告してくれなかったの!?」
「本当に急に決まったんで。私もまだ実感がないくらいなんですよ」
「千春ちゃんも人妻かあ……。えー寂しい……」
 
 現在二十九歳の芽衣は独身だ。結婚相手に不自由しているというわけではない。四か国語を操る才女にして、辣腕の投資家たちを手玉に取る芽衣のお眼鏡に適う男性がいないだけだ。

「大丈夫ですよ。結婚してもヅカオタは絶対に辞めないんで!」

 千春は芽衣の杞憂を吹き飛ばすように断言した。

< 50 / 171 >

この作品をシェア

pagetop