おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
二人は日比野駅から歩いて十分ほどの位置にある東京黄金塚劇場へと向かった。
劇場前の掲示板には『真夜中のルードリヒ』のポスターがでかでかと貼られている。劇場の前で一度立ち止まり、大きく深呼吸する。呼吸を整えておかないと、興奮で脳内の血管が焼ききれそうだった。
同じように興奮を隠しきれぬ芽衣に肩を叩かれた千春は覚悟を決めると、ゆっくりと劇場の中に足を踏み入れた。
……そこは別世界だった。
日常から切り離された豪奢な空間に千春はほうっとため息をついた。どこまでも続く黄金色の絨毯、眩く光るシャンデリア、アンティーク調の燭台、正面入口の大階段はやって来た者を一人残らず非日常へといざなう。
客席はロビーよりもさらにスケールが段違いだ。二階までつづく扇型に並ぶ客席、ふかふかの真紅の座席。神聖な舞台の上で今日はどんな胸躍るお話が演じられるのかと思うと、ワクワクがとまらない。
早めに待ち合わせをしたので開演までは三十分ほどある。千春達はパンフレットを買い、女性ばかりの長蛇の列に並びお手洗いをすませた。
客席に戻ってくると後から慌てないように首からマイオペラグラスを下げる。隣に座る芽衣も同じようにオペラグラスを下げている。スマホの電源もOFFにしておく。