おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
千春は芽衣と別れると、電車に乗りひとり帰宅した。観劇の余韻が残るように身体が少しほてっている。
(恵流様のルードリヒ、本当に素敵だったな……)
あんな風に熱烈に愛されたら、どれだけ幸せだろう。アイラを全身全霊で愛し、彼女のために夜通し神に祈るルードリヒ。
ルードリヒは千春にとって理想の男性像とも言える。
千春は車窓を眺めながらそっと左手の薬指の指輪を撫でた。
この指輪を千春にくれた人は、一体何を思って指輪なんて買ってくれたのだろう。
今考えると結婚もそうだが指輪の件も、他人の意見を尊重する香月らしからぬ強引さだった。
キスだって……いつの間にか掠め取られた。
キスのことを思い出すと、顔から火が吹き出そうだった。キスとはあんなに甘くて蕩けそうな心地になるものだと初めて知った。
いつ誰がやって来てもおかしくない場所なのに、やめてと怒るどころか、あまつさえもっとして欲しいと願ってしまった。
(香月くんが何を考えているかさっぱりわからないよ……)
婚姻届を提出した以上、夫婦になったには違いないけれど、二人の関係は未だに幼馴染の域を出ていない。永遠の愛を誓うどころか、一緒に暮らしてすらいない。
口づけなんて本来必要ないはず……だった。
結婚してからというもの、思いもよらない香月の行動には翻弄されっぱなしだ。
千春の心は激しく掻き乱され、規則的な鼓動を刻む心臓が今にも狂いだしてしまいそうだった。