おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
翌朝、千春は朝食のトーストを齧りながらひとりモヤモヤとしていた。
(まるで新手の結婚詐欺にでもあった気分……)
結婚詐欺といえば普通は婚約不履行のことをいうのだろうが、千春の場合は結婚を強要されるという世にも珍しいパターンだ。
こちらの不手際を責められたあと、一番嫌悪している行為を引き合いに出されては頷くしかなかった。
(くっそう……香月くんめ!)
千春の性格を隅から隅まで知り尽くしている香月には、結婚の約束を取り付けることぐらい造作もなかっただろう。まんまと手のひらの上で転がされ、悔しさがこみ上げてくる。
千春は己の単純さに呆れながら朝食を食べ終えると、自室に戻りパジャマから仕事着である上下揃いの制服に着替えていった。
淡いピンクのブラウスに袖を通し、濃紺のベストのボタンを止める。ベストと同じ生地のタイトスカートを身につけ、ベージュのストッキングを交互に片足立ちして履いていく。
春先はまだ寒いので、ベストの上に更にグレーのカーディガンを羽織る。少し癖のある栗色の髪をバレッタでハーフアップにすれば大体準備オーケーだ。
(結婚……。結婚ねえ……)
メイク台の前に座り、顔に粉をはたきながら千春はうーんと唸った。
自分が花嫁と呼ばれる立場になるなんて夢にも思わなかった。てっきりオールドミスとして生涯を終えるものだとばかり。まさか、千春と結婚したいという奇特な男性が現れるとは……。それも、こんなにすぐそばに。
千春が化粧を終え、すべての身支度が整った八時ちょうど、インターフォンが鳴る。