おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 車は見慣れた住宅街を抜けると幹線道路を快調に走り抜けた。
 香月が福引で当てたのは、二人の家から車で三時間ほどの場所にある温泉旅館だ。ウェブサイトの写真を見る限りでは、こじんまりとした館内には清潔感の中にも独特の気品があり、雰囲気が良さそうだった。
 
「旅行なんて久し振りだな」
「大学卒業してから忙しそうにしてたもんね」

 医学部を卒業し医師免許を取得すると、二年間は研修医として働くことになる。数ヶ月単位でいくつもの科をローテーションするため、その都度覚えなければならないことが雪だるま式に増えていく。

 最初の二年間が終わると、今度は後期研修医としてひとつの科を極める専門医になるべく知識を身につける。

 一人前の医師になるためには、長い期間勉強が欠かせない。目と鼻の先に実家がある香月ですら、研修医の間は医局に泊まることもしばしばだった。

 今思えば、香月が大学病院で働いていた時が生活に干渉されず、一番平和だった気がするけれど……。
 やっぱり一緒にいられる時間が増えた今の方が、ずっと嬉しい。
< 74 / 171 >

この作品をシェア

pagetop