おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 香月の運転する車はカーナビの予定時刻通り、ペースを落とさず走り続けた。
 平日の昼間とあって道路は比較的空いていて渋滞もない。夏休みを避け、九月に旅行の計画を立てたのは正解だったようだ。
 これといった特別な出来事も起こらず、あっという間に目的の旅館に到着する。

「うわあ……広ーい!」

 案内された客室を見るなり、千春はうっとりと感嘆の声をもらした。

 案内されたのはただベッドが並べられた味気ないツインルームではなかった。

 ベッドルームとは別にゆったり寛げるリビングルームがあり、畳の一部は掘りごたつになっている。壁掛けの大きなテレビは千春の部屋の二倍の大きさはあった。山中の景色を臨むことのできる広々としたテラスには、リゾート感たっぷりの籐製のテーブルセットが置かれていた。

(えっ!?)

 なんとはなしにテラスを眺めていた千春はある一角に目が釘付けになった。

 テラスの端、屋根のかかった軒下にはヒノキの露天風呂があった。周りの部屋からは仕切りがあるので見えないが、部屋の中からは丸見えだ。

(そっか……露天風呂があるタイプの部屋なのか……)

 千春は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

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