おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
なんとか気持ちを立て直した千春は香月と共に一階にある大浴場へと足を運んだ。
多少の行き違いはあったものの、温泉そのものはずっと心待ちにしていた。
楽しみだなとご機嫌になり浮かれていると、水をさすように香月からくどくどと諸注意が述べられた。
「くれぐれも長湯するなよ」
「わかってる」
「サウナには入らない」
「わかってるって」
「滑ったら危ないから風呂場では走るんじゃないぞ」
「子供かっ!」
香月の表情は真剣そのものだった。からかわれているわけではないが、千春だっていい大人だ。口煩く言われなくたって、大抵のことは自分で判断できる。
万が一倒れたとして、連れが医者なのだから応急処置ぐらい造作もない。
「もう……本当に香月くんは……」
香月の長ったらしい注意事項が終わると、ようやく女湯の暖簾をくぐることができた。
旅先だからか、今日は一際小言が多かったように思える。たっぷり十分は引き留められてしまった。夕食の時間に間に合わなかったらどうしてくれよう。
(温泉楽しみだな〜)
脱衣所の壁には露天風呂に関する丁寧な説明書きが貼られていた。どうやら露天風呂にもいくつか種類があるらしい。香月には悪いが、全種類制覇する気でいた。もちろん、無理のない範囲でだけれど。
千春はるんるん気分で脱衣所内にあるトイレのドアを開け放った。
「あ」
用を足そうとした千春は自らの身体を襲った異変にこの時初めて気が付いたのだった。